映画について

「私の父親をを探してください」

ジャーナリストで著述家の三木健が初めてニューカレドニアを訪れた時、彼の目の前に現れたニューカレドニアの家族の言葉が、彼の人生を大きく動かすことになる。家族の長老、カナ・オブリーは、戦後の60年もの間、戦争で引き裂かれた父親の消息を探し求めていた。
沖縄に戻った三木は、あらゆる手を尽くしオブリー家の父親を探し当てるが、すでに他界した後であった。以後、三木は10年の間に11回もニューカレドニアを訪れ、双方の家族をつなげて行く活動を行い、その過程を一冊の本にまとめた。

『西表炭坑史』『「八重山合衆国」の系譜』など、沖縄の郷土史を掘り起こしてきた三木。十数年をかけて取材、出版した『空白の移民史-ニューカレドニアと沖縄』を原作とした本ドキュメンタリー映画でも、三木はナビゲーターを務め、これまで家族探しの経緯を振り返りながら、家族と話を何か、戦争とは何か、民族とは何かを様々な視点から問いかけていく。

ニューカレドニアの移民史

1904年から始まったニューカレドニアへの移民者は日系人全体で5,581人、うち沖縄からは821人。そのほとんどがニッケル鉱山の鉱夫として働いた。当初の条件とかけ離れ、劣悪な環境の元で働かされた多くの日系沖縄人たちは、ニューカレドニア北部東海岸に逃亡し新天地を求めた。やがて現地のカナック人女性と結婚し、農業や漁業に従事してひとときの安らぎを得ていた。
しかし、1941年12月8日。日本の真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争により、敵性外国人として突然逮捕、抑留された。その妻子は土地や財産を没収され放り出されてしまう。さらに父親たちは海を越えたオーストラリアに強制収容されるが、終戦と共に日本に強制送還されてしまう。これによってニューカレドニアに残された妻子との再会は困難なものになる。以後、60年あまりの時間を心に空白をかかえたまま家族は離れ離れとなってしまう。

開かれた重い扉《まぶいぐみ》

2005年ニューカレドニアのチバウ文化センターで、写真作家の津田睦美による日系移民一世の足跡を追う写真展が開催され、ここから心の奥底にしまいこまれた空白の重い扉が開き始めることになる。

この写真展のシンポジウムで沖縄から参加した三木健が、前述のカナ・オブリーと出会い、沖縄での肉親探しが始まったのだ。

映画はニューカレドニア移民の歴史を追い、引き裂かれた家族のその後を紹介して行く。ニューカレドニアと沖縄。二つの島に引き裂かれた家族の心の空白。そしてそれを埋めて行くためにルーツを求めた合う人々の感動的な再会の様子を、三木健とともに辿って行く。

沖縄では魂のことを《まぶい》という。本作のタイトル《まぶいぐみ》とは、ショックを受けたり、悲しい体験の中で《まぶい》を落としてしまった人々に、再び《まぶい》を込めるということを意味している。